中国にはダニを表す漢字がいくつかあり、その一つに蜱という漢字があります。虫ヘンに卑しいというのですから、ダニは昔から嫌われ、蔑まれていたのです。それは現在でも、ヒトがダニに刺されることで感染し、さらにそのウイルスがヒトからヒトへと感染して命をおびやかす事態が発生していますから、変わっていないのかもしれません。そこで今回はダニによる感染症についてです。
重症熱性血小板減少症候群(SFTSウイルス感染症)
この病気は2011年に中国における報告に端を発しました。その後、2012年にわが国でもSFTSウイルスによる感染症が報告されました。その後、九州や中四国から東北地方へ広がりつつあります。国際的には、ベトナム、台湾、ミャンマー、タイ、東アジア諸国へも拡散してします。ただし、これによく似たウイルスは以前から日本にもいた可能性があるとの報告もありますから、重症化しないで治ってしまっていたのでしょう。
このウイルスを持ったマダニに動物が刺されるとウイルスに感染しますが、感染した動物すべてが病気を発症するのではなく、感染しても発症しない動物が多く、今のところ発症するのは、ヒト、イヌ、ネコ、チーターだそうです。このことは感染動物の実数をつかみにくくしています。しかし、感染した動物の唾液や血液や尿などにウイルスがいるため、イヌやネコが感染していれば飼い主の家族へ感染する可能性もあるでしょうし、感染した患者さんをケアする家族へ感染する場合もあります。この病気で亡くなった遺体から感染したとの報告もありますから、今後、この病気の拡大には要注意です。
SFTS感染症の症状
山や畑や野原でマダニに刺されたとします。これはそんなに珍しいことではありません。しかしたまたまその個体がSFTSウイルスを持っていたとすると6~14日の潜伏期を経て、高熱、頭痛、倦怠感が出ます。でも、皮膚を見てもダニの刺し痕は、なかなか見つかりません。
高熱や頭痛が続くので、「何の病気だろう」と思っていると、下痢、嘔吐、腹痛も生じ、重症化すると、意識障害などの脳炎症状、心臓や腎臓の障害の症状が出ます。患者さんの血液検査では、白血球数や血小板数の減少や肝臓の異常を示すASTやALT値の上昇などがありますが、炎症の存在を示すCRPテストは初期には陰性です。そのため病院でウイルス感染だと診断がつく前に医療スタッフが感染してしまうのです。
この病気の死亡率は18~35%とされ、かなり高い数字ですが、その要因は診断の遅れにあります。発熱患者さんが、「10日前に山野に行きました」と言えば、医療機関では「熱があって血小板も少ないし、ひょっとしたら・・・・」と、この病気を疑って検査すれば早期診断ができ、初期から治療を開始できれば重症化しませんから死亡率はもっと低くなるはずです。ところが患者さんは10日も前のハイキングと今回の発熱とに関係があるとは思いませんから診断が遅れるのです。
予防と治療
まず、山や野原に行くときは長袖長ズボンで、靴下も履いて行きましょう。昔、山仕事をする人が防虫効果がある藍染の手甲脚絆をしていたのは、毒蛾や毛虫やダニ予防にも理にかなっていたのです。そして、山や野原から帰ってきたら、皮膚をくまなく点検しましょう。マダニは刺した当時は小さくても、血を吸って小さな小豆粒のように膨らんで皮膚にくっついているので、イボや血豆と紛らわしいのです。それを発見したら、つまんでむしり取ってはいけません。それをするとダニの体の一部が皮膚に残ってしまうのです。皮膚科や外科のクリニックに行って、ダニの体の一部が残らないように取ってもらいましょう。そして2週間は熱が出ないか要注意です。ウイルスといえば予防にはワクチンですが、このウイルスに対するワクチンはまだ開発されていません。
診断が確定すれば、2024年6月から抗ウイルス薬のファビピラビルという薬が承認され、有効性が確認されていますから、早速、治療開始となるでしょう。
共栄火災 代理店ニュースより抜粋
聖マリアンナ医科大学名誉教授 齋藤宣彦